ひどい夢を見た。

「………」
携帯電話を開いて時間を確認する。なんてことだ。まだ朝の九時だ!
(朝日なんか爆発すればいい)
呪いを込めて携帯を閉じた。布団にもぐって二度寝を目論む。……がどうもうまくいかない。いくわけがない。足音をやってくるのは、眠気よりもむしろ頭痛だった。不治の病?いいや、二日酔いだ。二十分粘って、とうとう起きることにした。

体を起こすと、腰が痛かった。ベルトをしたまま眠ったせいだ。昨日は着替えることもなくベッドにはいったらしい。
スリッパに足を突っ込み、部屋の向かいの洗面所に向かう。
(うっわ…目がしばしばする)
愛用の歯ブラシに愛用の歯磨き粉をつけて、口に突っ込む。さわやかなミントが口の中に広がった。洗面台に映った顔は、一向に晴れない。(まあほぼ寝てないし、しょうがないよね)
二十五歳。体力は絶賛下降中だ。

普段は少なくとも五時間は睡眠をとるようにしてる。平均睡眠時間が五時間以下の人間って早死にするらしい。できれば肌のコンディションを考えて十一時から二時には眠りたいところだ。けれどもその時間はパソコンでの情報収集がかきいれ時なことが多い。つまりめったに寝られない。
口の中がすっきりしたところで、口をゆすいだ。ついでに顔もあらう。白いスポーツタオルで顔をふき、そのまま洗濯機にポイした。

一階に降りて、キッチンに向かう。途中、空調のスイッチを入れる。冷蔵庫をあけて、レタスとトマト、ミネラルウォーターを取り出した。パンをトーストしている間にレタスを数枚ちぎって、トマトを切る。パンが焼きあがると、できたサラダと一緒にテレビの前のローテーブルに並べた。ニュースをつけながら、サラダを口にする。次にミネラルウォーター。パンは最後に口にする。
食事はまず野菜から。脂肪の吸収が抑えられるんだよね。

(へえ、あの女優破局したのか。まあ予定調和っていうか意外性も面白味もないなぁ)
ゴシップ、政治、健康情報、天気、おおよそ朝の情報番組にふさわしい情報を頭に入れ終えたころに、食事も終わる。
食器は洗って、水切りに。そうすれば昼のと一緒に波江さんが棚にしまっておいてくれる。
(そうだ波江さん)
彼女の出勤時間は十時だ。せっかくなので、しゃっきりとした俺でお出迎えしたい。驚くかな? 無反応かな? ダークホースで「いつもそうだといいわね」という母親的突っ込みをいただく。なるほど悪くないね。
好奇心がうずいて、俺は自室に引き返した。彼女の前に姿を現すときは、大体着替えと顔を洗った状態だ。仕事をする彼女を背中に朝ごはんを食べる。仕事もないのに万全な俺など見てしまったら、眉を上げて何かしら反応をくれるはずだ。ちなみに無視も彼女の立派な反応だ。「どうでもいいわ」ごく標準装備だね。弟以外に興味はない、という一貫姿勢には好感が持てる。興味深い。自室のクロゼットを開けて、シャツを選ぶ。それからズボン。今日は体を締め付けないものにした。まあ全部黒いけど。もちろん違いはある。もちろんだ。ここ大事。
もう一度洗面所に向かって、口をゆすぐはみがきをする。
髪の毛をとかして身なりを整えた。うん、ばっちりじゃないか! 素晴らしい! どこからどうみても折原臨也。顔色以外は絶好調だ。
一階で物音がした。波江さんかな? 時間を確認すると、十時ちょっきしだった。「仕事は必要時間最低限」社会人としてはどうかと思うけど、一貫姿勢に拍手を送るよ。
下に降りると、波江さんが自分のデスクにカバンを置いているところだった。

「やあ」

階段の上から声をかける。彼女は無表情のままこっちをみている。一応あいさつしようよ? 俺、雇い主でしょ。「今日はずいぶん早いのね」
「おやおや、とても社会人とは思えない言葉だね。一般企業なら一時間前には就業時間だよ」
「あなたに言われたくないわ」
愛想など鼻紙にかんで捨ててしまったような顔をして、就業の準備をする。優秀な助手だけどそのあたりの姿勢は少し考えてくれてもいいと思うよ。
仕方ない、俺も就業の準備をしようとしたところで、
「……。ねえ」
波江さんが声をかけてきた。
「なーに? 朝ごはんならもう食べたけど」

「これ、あなたのでしょう。落ちてたわよ」


*****


私が臨也視点を担当し、碧井さんがシズちゃん視点を担当してくださっています。








top/