――今年も力が入ってるなぁ。
新羅は渡り廊下を歩きながら、ぼんやりとそれを見上げた。
ここ、来神高校にはクリスマス時期が近くなると、中庭の一番高い木に、飾りつけをする習慣がある。
今も昼休みを利用して、生徒会と有志の生徒が、教師の監督のもと脚立にまたがって、大きな金銀色の飾りを木にくくりつけているところだった。
校舎の廊下の窓から、その様子を眺める生徒が何人もいる。
中には、脚立にまたがる生徒と廊下から身を乗り出している生徒が、何かを大声で話して笑い合っていた。
平和でどこか温かい光景だ。
それこそクリスマスという言葉にふさわしい感じ。
寒い中、まとこにご苦労様だなぁ、という感想だけ抱きながら新羅は足を速めた。寒いのは苦手だ。
彼の友人など「別にカトリックでもプロテスタントでもない。特別あの有名な唯一神を信じてるわけでもないのに、毎年毎年ご苦労なことだよな、そう思わないか? 新羅」と長々講釈を垂れていたが、新羅は別に綺麗ならどちらでも構わないと思っている。神様などいないのだから(あえていうなら新羅の神は黒づくめの女神だ)、そんなのは楽しんだもの勝ちだ。
もちろん友人も、口でそんなことを言いながら、女の子で遊んでいる。
なんでも、あの飾りつけをされた特大のクリスマスツリーの下で告白をすると、上手くゆくのだとかなんだとか。
そんなわけで、見目ばかりいいあの男を、あのツリーの下まで連れて行こうとする輩が後を絶たないのだ。彼はそれを利用して、女同士の嫉妬を煽り、時にはその女を好きな男まで巻き込んで、どろどろの泥沼に叩き込むのをささやかな暇つぶしにしている。多分あいつはこの高校の男女関係をあらかた把握しているんじゃないだろうか。でもそれはあくまで暇つぶしであって、趣味本職そのものはまた別で、えげつないことをしているらしいけれど。
(まあ、僕に関わりがなければどっちでもいいさ)
一度ナイフで刺されちゃえばいいのに。
それで治療を求めてきたら、その時初めて新羅は臨也に説教をしてやる羽目になるわけだけれど。
友達としてそれくらいの義理は果たしてやろう。
新羅はそんなことを考えて、それからなんと非生産的なことを考えてたんだろうと思った。せっかくクリスマスのことを考えるなら、それを口実に、どう愛しい彼女と過ごすのかを考えるべきだ。まったくもって、比べ物にならないほど生産的である。
そんなわけで、
「失礼ですが」
そう声をかけられた時、新羅は危うくそのまま通り過ぎそうになった。
「……。ちょっと君!」
「え、あ、はい?」
新羅は二度目にようやく足を止めて、振り向いた。
振り返って、後悔した。
なぜなら渡り廊下ですれ違ったらしいその人物は、上から下まで黒ずくめで、顔にマスクとサングラス。ダメ押しに黒いニット帽をかぶっている。
(わかりやすいくらい怪しい人だ)
けれど新羅の中で、この世で最も愛しい人が異論を上げた。もちろんそれは妄想でしかないわけだが。彼女はいつも黒づくめのライダースーツを着ている。それゆえ「おい、新羅。何も黒づくめだからといって怪しむんじゃない。少なくとも失礼ですが、と声をかけてくる程度には常識があるぞ」と。彼女は続けて付けたした。「ただし危ない気配を感じたらすぐに逃げるんだ」
(わかったよセルティ。人は見た目で判断してはいけない。もちろん君を愛する僕はそんなことをしたりしない)
よって新羅は、
「なにか」
にっこりと、よそゆきの顔でこたえた。
「校長室にいきたいんですが」
「ああ、それならここの中庭を奥に進んで、玄関から入ったほうが…」
男が歩いてきたほうには特別棟がある。新羅がいる渡り廊下からも本棟に入ってもいけるのだが、二年生の教室の並びを横切らなければならない。校外の人間にそれは気まずかろうと、新羅なりに気をつかった結論だった。
それにその人の声はどこかしら若く、高校生の新羅とまるで変わらないように思えた。(父兄とかかな?)ごく、希望的観測を交えた微笑みを、新羅は男に向けた。
男はそうですか、とうなづいたきり、黙っていた。
(……? もう先に行ってもいいのかな)と新羅は考え、ちらりと視線を上にやった。空はしみるような高い青で、美しい冬の色をしていた。それは教室に残してきた、愛しい弁当箱の包みに似ていて……、
(というか、僕には帰りを待っている昼飯があるんだ…! こんなことをしている場合じゃない)


中略


「……ちょっといってくる」
「は?」
門田が目をしばたくと、静雄はすでに立ち上がり、扉の方に向かって歩いていた。そして振り返りもせずに言うのだ。
「あいつ校長室に放り込んでくるわ」
「は、静雄ちょっと待て!」
門田は静雄の二の腕を引いて、引き止めた。
「ああいう変態は死んだほうが世のためだ」
「俺だってそんな奴の事はどうだっていい。さっきもいっただろ、下手に動いて岸谷が刺される可能性だって」
「尾根川を簀巻きにして転がしゃ、新羅に手ぇだしたりしないだろ」
「それで本当に尾根川が殺されたらどうすんだ。お前だってどんな風に言われるかわからねぇんだぞ」
「別にかまわねぇよ」
「は」
「かまわねぇよ」
あっさりしたものだった。何がいいんだ、と門田は思う。みつめた静雄の目には何の感慨も浮いていなくて、心からそう思っているのがよくわかった。門田は静雄の目を睨んだ。
「そんな風に自分の事ばっかり捨ててどうすんだ。やめてやれ」
門田の言葉に、静雄は首を傾げた。やめてやれ? 誰が損をするというのだろう。門田はもどかしそうに目を眇める。誰かコイツにそれは間違ってるんだと教えてやってほしいと思う。けれど、それは多分、友達ですらない自分の役目ではない。
こんな風にもどかしく思うだけの門田ではなく、もっと心から静雄のことを怒ってやれるやつがするべき役目だ。門田は小さく歯噛みして、それから自分が届けられる精一杯のものを差し出した。
「少なくとも俺は、そうやって投げるのは関心なことじゃない、そう思う」
静雄は目をしばたいて、それからじっと門田を見た。すべて届いた様子はない。門田は息をつく。
「……それに、尾根川のことだってそうだ。もっと穏便に長いこと地獄みせてやるほうが、よっぽど被害者のためなんじゃねぇか」
意外に怖いことを言う。臨也は後ろで聞きながら喉を鳴らした。自分の周りはこれだから、普通の感覚など当てにしてはいけないのだ。


*****


来神イザシズ+新羅+ドタチン+他モブの話。
三年生と社会人の境目の話です。
よろしくお願いいたします。









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